シェムリアップ

シェムリアップ (Siem Reap) はカンボジアのシェムリアップ州の州都である。 Siem Reap は直訳すれば「シャム人敗戦の地」であるが、これは17世紀にクメール人がタイのアユタヤ王朝の軍隊に勝利したことにちなむ。アンコール・ワット、バイヨンなどがあるアンコール遺跡群の観光拠点になる町。南には東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖が広がる。国際空港もある。
シェムリアップは、東南アジア最大の湖であり、地球上でも有数の多様な魚類が生息する内水域でもあるトンレサップ湖の約10km北東にあり、シェムリアップ川の両岸に広がる。アンコール・ワットの6km南である。シェムリアップ市街には60,000人の住民がいるが、カンボジアの他の多くの町と同じく、シェムリアップも、いくつもの
Wat (寺院と僧坊)の周りに発展した村がひとまとまりになって発展してできた町である。町の中心には古い市場があり、その周りをフランス植民地風の民家が取り囲んでいる。
シェムリアップ一帯は、何世紀もの間、シャムの領土かその王権の属国であった。帝国主義時代にフランスは東南アジアの広大な領域を植民地化した。カンボジアのほかにラオスもベトナムもこの「フランス領インドシナ」に属した。1907年3月25日の条約で、シェムリアップ、バッタンバン及びシソポン(合計で20,000
km²以上)も植民地政府に属した。
1975年から始まったクメール・ルージュ支配の時代には、全国の他の都市から誘拐されてシェムリアップの住民にさせられた人々が、畑での重労働に従事させられた。これらの人々は、1979年1月にベトナム軍が侵攻してクメール・ルージュに勝利した後、故郷の都市に帰されたが、クメール・ルージュは1990年代の初めまで森に逃げ込んで攻撃を続けた。住民は、長年の間、バリケードを築いて中心街を守らなければならなかった。シェムリアップや
UNTAC (United nation Transitional Authority in Cambodia) 平和維持部隊に対する最後の攻撃は1993年に起こった。
(Wikipediaより)
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